有人月周回「アルテミス2」が告げる新時代 月面は「探査」から「開発」対象へ

NASAは4人の宇宙飛行士を、人類がこれまで到達したことのない深宇宙へ送り出そうとしている。だが、この飛行が持つ意味は、単なる宇宙開発の節目にとどまらない。 宇宙に行くこと自体は、かつてほど特別ではなくなった。この30年で、国際宇宙ステーション(ISS)には延べ300人近い人々が往復し、中には数カ月単位で滞在した人もいる。 ここ数年は、宇宙企業Blue Originが“宇宙の入り口”まで行く短時間の観光飛行を相次いで実施し、ケイティ・ペリー氏やゲイル・キング氏、ウィリアム・シャトナー氏ら著名人を乗せた“超高級アトラクション”のような打ち上げも話題になった。 NASAが水曜日夕方の打ち上げを予定しているこのミッションでは、4人の宇宙飛行士が月までの往復飛行に挑む。ISSとは比べものにならない。月はISSの約1000倍も遠く、到達するには地球の重力圏を振り切らなければならない。
さらに、アルテミスIIの宇宙船「オリオン」は、搭乗する4人を人類未踏の深さにまで連れて行く。飛行経路は月の裏側を大きく回り込み、その最遠点は月の向こう側約4700マイルに達する見込みだ。半世紀以上前のアポロ飛行士たちが入ったのは、月面から約70マイル前後の月周回軌道だったことを思えば、その違いは際立つ。 もちろん、これだけでもNASAにとって historic な成果だ。しかしアルテミスIIは、それ以上の意味を持つ。今なお形を変えながら進行している“宇宙時代”が、ここで新たな局面へ入ることを告げる象徴でもある。 にもかかわらず、米国内の議論でこの話題が大きく取り上げられているようには見えない。無理もない。地球上では今、誰もが気にせざるを得ない問題が山積している。軍事衝突、政治の停滞、抗議運動、生活費高騰への不安、十分な医療を受けられるかという懸念――。
ただ、こうした状況は1960年代末から70年代初頭も同じだった。むしろ1969年7月、アポロ11号が人類初の月面着陸を果たした前後は、その象徴的な時期だったともいえる。 筆者は、ニール・アームストロング船長とバズ・オルドリン飛行士が月面に足跡を刻んだとき、まだ子どもだった。それでも、連日のテレビ中継の熱気は今でも鮮明に覚えている。アポロ計画の宇宙飛行士たちが地球へ帰還し、海上に着水する様子を夢中で見守った。 アポロによる月探査は、宇宙開発の第1波を締めくくる出来事だった。約15年にわたって、人類は次々と驚くべき偉業を成し遂げてきた。そして、アルテミス計画が告げるのは、まったく別の時代の始まりだ。それは「宇宙探査」の次に来る、「宇宙利用」の時代である。
アルテミスIIで宇宙飛行士が月面に降り立つことはない。位置付けとしては、1968年12月のアポロ8号に近い。アポロ8号は、人類として初めて地球周回軌道を離れ、漆黒の宇宙に青く浮かぶ地球の姿を私たちに初めて見せた歴史的飛行だった。 アルテミスIIもまた、将来の着陸に向けた準備飛行、いわば“月面着陸前夜”のミッションだ。実際に飛行士が月面へ降りるのは、現時点では2028年初頭を予定するアルテミスIVになる。NASAがその先に見据えるのは、月に「持続的な人類の拠点」を築くことだ。 この月面拠点は、科学調査だけでなく、発電やインフラ整備、さらには長期滞在を可能にする居住環境の構築など、多面的な活動のハブになると想定されている。 アポロ計画が地球へ持ち帰ったのは、月の石や砂だった。いわば“記念品”である。だが今後、米国をはじめ各国が月に求めるのは、そうした象徴ではない。
狙いは、月が持つ資源の本格利用だ。産業的価値のある鉱物の採掘、水氷の活用、そして生存に欠かせない水の確保だけでなく、燃料製造への応用まで視野に入る。NASAなどは、月を含む天体での商業的な宇宙資源開発について、すでに本格的な検討を進めている。 この流れには、SpaceXのイーロン・マスク氏やBlue Originsのジェフ・ベゾス氏といった、世界有数の富豪たちも深く関わっている。もちろん、月を目指しているのは米国だけではない。 中国は2030年までに自国の飛行士を月へ送る計画を掲げている。ロシアやインドなども、無人探査機による月面計画を積極的に進めてきた。新たな“月争奪戦”が始まるのは、もうそれほど先の話ではない。しかも今度は、単なる国威発揚では済まない。そこには、実際の資源、拠点、主導権をめぐる現実的な利害が存在する。
そして、ここにイーロン・マスク氏という存在がいる。もはや一企業の経営者というより、それ自体が国家級のプレイヤーといっていい人物だ。人類の意識を太陽系へ広げることに長年取りつかれ、火星をその出発点とみなしてきたマスク氏だが、その視線はいまや、より近い天体である月へと大きく向き直っている。 SpaceXのロケットとStarlink衛星を率いる同氏は、今年初め、関心の中心を「自己増殖的に発展する月面都市の建設」へ移したと述べた。それが「10年以内にも可能かもしれない」との見方を示している。その都市は、華やかな国際都市というより、おそらく巨大な産業拠点になるのだろう。 マスク氏は2月、xAIの買収を発表した際、月面に「 科学研究と製造活動のための恒久拠点 」を築く考えに触れた。さらに、「月の資源を活用して衛星を製造し、それをさらに深宇宙へ展開できる」として、こう続けている。
